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キャリア教育実践~CSLから今後のキャリア教育の在り方を考える~

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7月9日の勉強会の詳細、次にご紹介するのは立命館宇治中学校・高等学校の教諭、酒井淳平先生の講演内容です。

酒井先生は、立命館宇治高校で文科省研究指定の研究主任として、カリキュラム作りや授業実践を中心となって進められている方です。

宮原先生に続き、酒井先生にも基調講演をしていただきました。
テーマは「キャリア教育実践~CSLから今後のキャリア教育の在り方を考える~」です。



酒井先生のお話

今日は、これからのキャリア教育のあり方・重要性に気づくだけではなく、現場に持って帰ってもらえたらと思います。自分の学校の生徒がより育つキャリア教育を実践するヒントを得て、できるところから実践してほしいです。

また、これからお話しするCSLなど立命館宇治の実践が、これからのキャリア教育のあり方の一つと 認識してもらえたら嬉しいです。

私もみなさんも同じ状況でしょうし、お互い教育をつくっていく仲間ですので、ぜひ一緒に実践していきましょう。

少しだけ自己紹介をしますね。

自分自身、京都から出たことがなく、ずっと公立の学校で育ちました。しかし教員人生はずっと私立の学校です。

小学校からつまづいた子たちに専門学校で数学を教えるところからはじまって、立命館中学校・高等学校の教諭をへて、今は立命館宇治中学校・高等学校の教諭です。

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先にこのお話の結論のようなこと言いますと、生徒をいかにお客様から生産者にするか、この一点につきます。

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しかしこの矢印、キャリア教育が難しいです。私たち大人、教員に渡された大きな課題です。答えを簡単に見いだせない中で、いかに最適解を出しながら実践をするのか、これが一番大事だと思っています。

お客様というのは何かを与えてもらいます。与えてもらうのは快適だし、何も考えなくていい。でも与えてもらうとどんどんそれに依存し、さらにお客様になっていきます。このサイクルを繰り返してしまいます。

教えてもらう、どこかに書いてある答えをただ探すだけ―これが習慣化してしまうと、わからないことは苦手、失敗しそうなことはしない、新しいことに出会ったらパニックになる。こんなふうになってしまいます。

先ほどの宮原先生のお話にもありましたが、今は社会全体で生徒をお客様にしてしまっている部分があります。

例えば立命館も、いっぱいパンフレットを配っています。あれは一歩間違えば生徒をお客様にしてしまいます。あんなことができます、こんなことができますと。確かにそうだけど、それには努力が必要だということは書かれません。パンフレットはいい面ばかりを書きます。

このようなお客様ではなく、生徒には生産者、サービスを与える人になってほしい。自分で価値を作り出してほしいということです。 こうなると発見・気づきから始まって何かに取り組むようになり、次はもっとこうしよう、という思いが生まれてより主体的になっていきます。このスパイラルが回り出すとより生産者になっていきます。

そもそもキャリア教育の目的、最終的に自立して働くということは、生産者になるということです。 とするとキャリア教育の一番の課題はここ、“生徒をいかに生産者にするか”にあるのではないかと思います。

とはいえここが一番難しい。だから今日集まったみなさんと一緒に、どうやったらいいのか考えていくことが大事だと思っています。

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ここで学校の紹介をさせてください。

立命館宇治中学校・高等学校は、IB(国際バカロレア)認定校であり、SGH(スーパーグローバルハイスクール)の指定も受けています。陸上や野球など部活動も盛んで、生徒のうち6人に1人は帰国生です。いま高校3年生の担任をしていますけども、40人学級の中で帰国生が15人います。

そして、80%の生徒が立命館大学に内部進学します。 よく言えば受験にしばられない、悪く言えば受験をモチベーションにした学習は不可能であるということです。だから余計にキャリア教育が大事になる学校だと思っています。

この課題意識から、2008年にキャリア教育部が発足しました。 後で詳しく説明しますが、実践を重ねる中で特に高校1年生が課題だと明らかになり、2013年度の学校改革に合わせて本校のキャリア教育授業、CSL(キャリア・サービス・ラーニング)が開始されました。

ところで、こんな学校はないですか?

・キャリア教育は学年主導で、学校としての体系化が難しい。

・キャリア教育に関わるイベントは多いけれど、単発で終わっている。

・体験学習はやりっぱなし。

正直なところ、2008年度にキャリア教育部が発足する前は、こういう面がありました。

もともと宇治高校だったのが、1994年に立命館と合併して立命館宇治となりました。そのとき、高大連携や講演、土曜日を活用したボランティア活動など、学校が大きく変わりました。

しかしキャリア教育は学年主導でばらつきがあり、イベントはたくさんあったけれどねらいの共有さえできていない、という状況がありました。

いいものはいっぱいあったので、キャリア教育部を任されたときに、まずは今あるものを意味づけしようということで、学年の仕事を分掌で引き取って、ねらい等を共有しながら引き継いでいくという作業をしました。

同時に柱となるイベントの立ち上げや各学年のキャリアホームルームにも着手しはじめたんですが、高1が難しかったです。

多くの学校が高1で文理選択をさせます。だから高1は大事です。ところが高1は何をやっても時間がかかります。例えば文化祭準備。高1は何をするか決めるにも時間がかかります。

本校ではキャリア教育の取り組みの多くはホームルームの隙間をぬってやってましたから、一番大事な高校1年生ほど一番時間がとりにくいという現実がありました。

それだったら総合的な学習の時間をガラッと変えて、キャリア教育の授業を正課として、少なくとも週に1時間キャリア教育の授業をしようと始まったのがCSLの授業です。

CSLは、社会貢献活動を組み入れた、生徒の夢を育てるキャリア教育授業です。対象は高校1年生で、4名で8クラスを担当します。

CSLは文科省研究指定を受けているのですが、ここでCSLの誕生秘話をお話しします。

実はCSL開始直前、宮原先生に初めてお会いして一緒に飲みました。そこで自分の今まで思っていたことを言語化してもらったような気持ちになって、実践が確信に変わりました。背中を押してもらいました。

また、文科省に提出したCSLについての書類には、宮原先生の研究であるコミュニケーション効力感のことを書いて、お名前も書かせてもらいました。

文科省からは、「キャリア教育研究の知見を活かしすばらしい」というコメントをいただきました。

そんなご縁もあって、ここでお話しさせてもらっています。

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キャリア教育は“生き方について考える”“生きる力を身につける”という2軸であると思うのですが、生きる力のほうは日々の教科学習の中で身につけていけばいいだろうと思います。その中でアクティブラーニングなどが出てきたと。

一方で、生き方のほうはなかなか教科教育だけでは難しい。だからCSLはどちらかというと生き方のほうです。この2軸がしっかりしたときに学校全体のキャリア教育が実施されるのではないかと考えています。

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キャリアの授業って、学部選び職業選びがメインではないですか?

本校のCSLはそうではなくて、3分野の取り組みを行なっています。

1つ目は自分の将来について考える“キャリアデザイン”。なぜ働く、なぜ学ぶ、ということを柱にしています。

2つ目は、ボランティア活動を柱とした“サービスラーニング”。最低10時間ボランティア活動をして、授業の中では事前事後学習や振り返りをします。

そして3つ目は“ソーシャルスキル”、人と関わる力です。例えば謝り方、頼み方、断り方などの授業をします。数学なんかはよく個人差が大きいと言われるんですけど、それよりもずっと、ソーシャルスキルのほうが幅が広いです。謝り方が本当にわからない子と、何も言わなくてもパッとできる子と。

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ここからは少しだけ授業体験をしてもらいます。

「働く」というのは、広辞苑によると「仕事をする。労働する。特に職業として、一定の職に就く」という意味です。

みなさんは何のために働いていらっしゃいますか?そもそも人ってなぜ働くのでしょう。 普通ならここで時間をとって生徒に考えてもらうのですが、今日は省略します。

さて、みなさんは今からこの国で働くとします。

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この国、というのはサモアです。

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この写真はパンフレットから持ってきたわけではなく私が持って行ったデジカメで撮った写真です。ホームステイした村から歩いて5分のところにこんな景色が広がっていました。 青い空、青い海。ずっとここにいたいなあと思った瞬間でしたが、サモアには課題もいっぱいあります。

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これは学校でもらったお昼ご飯ですが、ハエがとまっていました。ハエぐらい大したことではないですが、衛生的にはどうですかね。

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これは中学校ですが、日本と全然違って黒板がありませんでした。そして生徒は教科書を持っていませんでした。サモアは残念ながら自前で教科書をつくれません。

だから教科書はニュージーランドから買わなければいけない、ところが一冊3000円くらいする、そんなのみんなには買えるわけがない、だから教師だけが教科書を持っています。

日本では自前で教科書が作成できて、みんなが普通に教科書を持っている。そのことはすごく大事なことだとサモアに行って初めてわかりました。

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これはゴミです。昔は自給自足のサモアでゴミ問題はありませんでしたが、ペットボトルなどが入ってきて、これは残念ながら土には還りませんから、どう処理するかが大きな問題になっています。

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そしてこれは海のすぐ近くにあるプールの写真です。僕は初めていったとき、昼からずっとここで泳いで楽しみました。

ここに何の問題がある?と思われるかもしれませんが、実はこれ夜になるとお風呂として使われます。しかも男女一緒に。布きれ一枚で入っていきます。

これ、水問題としては大きなものだと思います。ここで洗濯もするし、何もかも全部ここでします。水がないんです。

こういう課題を解決したければ、働いて解決するしかないですよね。

ではみなさん少し考えてみてください。

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ここで電力がいっぱいいるのでディーゼル発電所が建設されていました。三菱が入って日本人も活躍していました。三菱の社員さんは国の開発課題を解決するために働いているわけです。

そこで、今から6つの選択肢を出しますので、自分だったらどの役割をやってみたいか1つだけ選んで、その理由も一緒に考えてみてください。

選択肢の1つ目。発電するんだったら俺が工事すると、サモアのプロ工事士になる。
二つ目。よりよい発電方法や工事の仕方を研究する。
三つ目。ポスターなど、プロジェクトをアピールするものを作る。工事現場のレイアウトを考える。
四つ目。プロジェクトの予算管理やスケジュール管理をする。
五つ目。電力供給プロジェクトそのものを統括する。
六つ目。現地でサモアの方に技術などを教える。(授業をするなども含む)

選んだら、どれを選んだかとその理由をグループで共有してみてください。

さて、できましたでしょうか。

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仕事を考えるときに、教師になりたい、弁護士になりたいなど、職業ばかりを考えさせがちです。しかし多くの生徒は会社で働きます。

今みなさんに体験してもらったのは、自分が将来を考えるときに、職業面だけじゃなくてやりたい役割とか、自分はどんなところで人のために働きたいのかとか、そんなことに気付いてほしくてつくったワークです。CSLでは職業ではなく、このような職業観を大切にします。

ちなみに、サモアの子どもたちのなりたい職業第一位は教師です。でもこれには裏がありまして、サモアは途上国ですので現金収入が得られる職業って正直これくらいしかありません。そういった背景も行ってみて初めてわかりました。

また、サモアの子どもたちになぜ働くか尋ねると、98%の子どもたちから同じ答えが返ってきました。それは、「家族を助けるため」でした。サモアもだんだん現金収入が必要な社会になってきているので、自分が現金収入を得て、家族のため村のために働きたい、ということをみんな言っていました。

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CSLの授業では社会人の方、サモアで出会った人など、様々な人の働く理由を教材に、生徒に同じ質問「なぜ働く?」を何回も繰り返しました。そうすると、生徒の視野がだんだん個人から社会へ広がっていく様子が見えました。



もう一度確認ですが、CSLはこの3つの内容でやっています。

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確かに、自分の将来を考えるのは大事です。具体的な文理選択、学問、職業を考えることは大事です。しかしその根っこ“なぜ働くのか”“なぜ学ぶのか”“どう生きていくのか”ここがなければいけないと思ったのでキャリアデザインはそれを柱にしました。

また、何かを選ぶときには、それまでの自分の体験・経験がもとになります。 みなさん、さっきのワークでは今までの人生経験をもとにして選ばれませんでしたか?

生徒も一緒だと考えました。今の生徒は圧倒的に社会とつながる機会が少ないと感じています。だから、ボランティア活動を通してまずは社会とつながってほしい。そして授業ではちゃんと事前事後の学習をする。ということでサービスラーニングを2つ目の柱におきました。

そして、生徒それぞれのキャリアといっても、人は人と一緒に生きていきますので、ソーシャルスキルが土台となります。だから3つ目の柱をソーシャルスキルにしました。

というわけでCSLはこの3つの分野になっています。

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CSL活動(ボランティア)はこんな思いをもって始めました。

それは、生徒に生産者になってほしいということと、生徒が自分で見つけ申し込んでほしいということです。

大学に行った生徒を見て、結局は自分で情報を見つけられる子が強いと感じています。そういう生徒はどんどん伸びます。ですからその体験を早期にしてほしいということでボランティア活動は生徒が探し、自分で申し込むのを原則にしています。

例えば地域で、生徒が取材をしてフリーペーパーに記事を載せたり、植物園で講座を企画して実施したり、そんな活動をしています。

地域連携をしてわかったことは、高校生は地域から期待されているし、地域に出たら生徒は成長するということです。

本校は都市部の私学です。公立でなくても、私立も地域との連携が大切なのだと生徒が教えてくれました。

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京都大学の溝上先生によると、大学に入ったときに将来の見通しを持っているかどうかが大学生活に大きく影響するそうです。

大学入学時点で見通しを持っているかそうでないか、それは高校の課題です。

そこでCSLが本校の生徒に変化をもたらしているのか、調査をしました。

CSLを始める前は、33%の高1生徒が将来の見通しを持っていませんでした。CSLを始めてからは、それが20%くらいに減りました。増えたのは、見通しはあるけどどうしていいかわからない生徒です。

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CSLは一年間だけですから限界はあって、将来の見通しは多少持てるかもしれないけれども、具体化するのはまだ先だということが明らかになりました。

でも、実はその子たちの1年後を調査すると、高1の段階で少しの見通しを持つことが、高校二年生以降にも大きく影響することがこの調査でわかってきました。

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高1で見通しはゆらぐので、その後に再構築できるかどうか、それが一年後に大きく影響しているということを最近感じています。

なぜ将来の見通しを持てたか聞くと、半数の生徒がCSLの授業がきっかけだと答えてくれました。将来の見通しを持つためには、まずは自分で何かを決める経験をすることが必要です。学校生活の中でそれを見出す生徒もいますが、プラスα、自分について考える時間をとってあげればもっと多くの生徒が将来の見通しを持てるかもしれない。そんなことをこのアンケートから思いました。

また、他のCSLの担当者は「キャリアの授業は職業の授業だと思っていたが、生き方の授業なのだと気付いた。そこから一気に視野が広がった」と言っています。

さらに、CSLは教員研修にもいいかなと思っています。この授業はワークでやるので、アクティブラーニング型と言われるものに分類できると思います。若手の教員にその時間をもってもらうと、どんどん授業が上手になっていきました。

鹿児島県のある学校がCSLをやってくださったり、広島県でもある学校が「なぜ学ぶ」を組み込んだ総学を実施されたりしました。実は小倉南高校さんにも行かせていただきました。こんなふうにCSLがどんどん広がっているのは嬉しいです。

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日本の人口は減っていっています。人口が減るということは国力も低下します。これからは危ないとか、今までのようにはいかないとか、よく言われます。間違ってはいないと思います。

そんな中で、高校生には今の社会がどう見えているんだろうと思う時があります。大人はけっこう危機を語ります。一方で高校生には社会って見えにくい気がします。

でも実は、今の社会では高校生でもいろんなことができるということは忘れてはいけないと思っています。

ある生徒の例を紹介させてください。

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彼は本校の夢プランコンテストという取り組み、生徒から夢を応募して、一個応援してあげるというプロジェクトですが、彼はこれに応募して、高3のときにタイの高校とコラボしての環境改善運動をしました。

彼、立命館で内部進学しましたが、大学でさらに飛躍し、日本とミャンマーの学生をつなぐプロジェクトを立ち上げました。彼はちょうど留学から帰ってきた後、ミャンマーにインターンシップに行きます。そこでミャンマーの学生が日本の学生ともっとつながりたいと思っていることに気づき、クラウドファンディングをしたりいろんなかたちで資金調達をし、実際につながりをつくり形にし、これを今も続けています。

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これって昔では無理ですよね。

彼は高校3年生の時に、お客様から生産者になる経験をし、そこから大きく成長していきました。つまり、大事なのはきっかけと場です。それがあれば生徒はどんどん成長していく。

きっかけと場を与えることができるのがキャリア教育だと私は思っています。

生徒はCSLを受けて、将来のことを考えたらワクワクするとか、きっかけをもらったとか、勉強する意味がわかったという感想をくれます。

やはり、いかに生徒をお客様から生産者にするか。ここが一番の課題で、そのことができたときに生徒が成長するということを、この実践を通して感じているところです。

CSLにはまだ改善点が多々あります。ぜひみなさんと一緒にこういう取り組みをしていけたらと思っております。