キャリア発達を促す授業実践(理科)
少し間が空きましたが、ここからまた7月9日の勉強会の様子を報告していきます。
続いてご紹介するのは、第二部「キャリア教育から考える教科教育の視座」、福岡県立香椎高等学校の守谷敬人先生の実践発表です。
守谷先生は、香椎高校で総合的な学習を通じたキャリア教育プログラムの開発・実践に取り組んでいらっしゃいます。
また、理科で思考力を身につけるための実験・観察のあり方、アクティブラーニングの活用を研究されています。
ご発表テーマは「キャリア発達を促す授業実践」です。
守谷先生のお話
私は香椎高校で第二学年主任をしておりまして、現在、総合的な学習の時間を使ったキャリア教育に取り組んでいます。
総合的な学習の時間は年間35時間あるのですが、それを“3年間を通して計画的に運用していったら生徒たちがどんなふうに育つかな”ということで、実験的にやっています。
まだ2年生で途中の段階ですので、また1~2年後に、そのプログラムで生徒がどのように育ったかというお話をさせていただければと考えております。
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理科の話の前に一つ、いま香椎高校全体で取り組んでいることをお伝えしたいと思います。
実は、香椎高校はかなり前から学校全体でアクティブラーニングに取り組んでいます。
取り組んではいますが、まだ手探り状態です。モデルになる学校が周りになかなかありませんので、広島に出かけて行って学校視察をしたり、自分たちで調べたりしながら、迷いながらやっている状態です。
その中でも特に2つのことをキーワードにして取り組んでいます。
まず1つ目が「観点別評価」です。 これは小中学校では盛んにおこなわれていて、評価のシステムも安定しています。
ところが高校の中では、実施しているところがあまりないんですね。
本当に探すのに苦労したんですけども、観点別評価を行なっている高校が広島にありまして、こんな感じでやればどうだろうかということを伺ってきました。
理科には、①関心・意欲・態度、②思考・判断・表現、③観察・実験の技能、④知識・理解の4観点があります。
これは教科によって少しずつ違い、例えば国語は5観点あります。
この観点から、生徒を授業や活動の中で評価していくということになります。
ただ、現在ほとんどの学校は、生徒の成績をつけていくときにこのような方法をとっているかと思います。
定期考査の割合が8割で、いろんな呼び方があると思いますが平常点、生徒の小テストや出席、レポートなどで残りの2割を評価していくという形です。
私もこの方法でずっとやってきました。私も二十数年間教員をやっていますが、つい最近までこれが当たり前だと考えていました。
これ以外のやり方があるということすら頭にありませんでした。
この従来の方法だと、ときどきこういう矛盾が出てくるんですが、先生方の生徒さんはどうでしょうか。
例えば、あるクラスのAくん。授業中に毎回寝ていて先生の怒りをかっています。
でもこの生徒、試験前になると豹変して、徹夜で一生懸命勉強をします。
割と頭もよくて要領もいいものですから、案外100点満点をとったりするんですね。
するとこうなります。
普段は授業中寝ていますから平常点はゼロなんですが、テストで100点をとったら結果的に80点もらえることになります。5段階評価でも5がとれてしまったりするんです。あんなにさぼっているのに。
そうなると、教師としては「俺の授業は一体なんなんだ」と思ってしまいます。
一方で、一生懸命頑張っていても、テストでは5~6割しかとれない生徒もいます。
果たしてこんな状態で大丈夫なのか。
そこで香椎高校で考えたのが、評価の割合をこんなふうに変えてみようということです。
定期考査の評価の割合が半分、授業中の活動に関する評価が半分です。
もし先生方が来週の月曜日に学校に戻られて、校長からいきなり「いまからこの評価方法でいくぞ」と言われたらどうですか。
すぐに「わかりました」と言うのは難しいですよね。
本当にその通りで、この評価方法は2~3年前からずっと準備をしてきました。
観点別評価についてもっと詳しく言いますと、この中に先ほどの4つの観点が入ってくるんですね。
この観点は、性格からいってペーパーテストに向いているものと活動の評価に向いているものがあります。 ですから図を見てわかるように、定期考査と活動とでそれぞれの割合を変えています。
ペーパーテストの方を中心に評価するのは、グラフを読んで解析するといった思考・判断、それから専門用語について尋ねるといった知識・理解についてです。
これに対して授業中の活動では、意欲や関心、理科ですから観察・実験の技術、こういったところを評価するような形になっています。
トータルで見ると、この4観点がちょうど4分の1ずつになっているのがわかるでしょうか。トータルでバランスよく見ることができる仕組みにしています。
でもやっぱり、何年間も8割2割の世界でやってきている人間にとっては、さあ今からこの観点をやるぞと言われてもなかなか受け入れにくいんですね。
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授業中の活動をどうやって評価するのかはすごく難しいです。
今までは2割くらいでしたから、テストさえすればなんとか評価をつけることはできました。しかし観点別評価では半分の割合を占めているので、そうはいきません。
具体的にどんな活動をどんなふうに採点・評価していくのかが課題になります。
それからもう一つの大きな課題は「評価の客観性」です。おそらくみなさん苦労されます。
一つの学年の中に、同じ教科を担当している先生が複数いるのは普通ですよね。しかしある先生が見ると甘い評価になり、ある先生が見ると厳しくなるというのでは困ります。
「誰がつけても同じように評価できないといけない」というのが難しいんですよ。
これはルーブリック等を利用するとうまくできるのかなと思います。
それから、そもそも、今までの授業形態では難しいんです。
今までのように先生が板書して、それを生徒がノートに写すというスタイルだと、生徒は“活動”していません。ですから授業中の活動を評価するというのは非常に難しいです。
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どうやって生徒を動かすか。これが2つ目のキーワードとなる「アクティブラーニング」です。
授業中にいかに生徒を積極的に動かすか。悩みます。
もう本当にわからないので行き当たりばったり、手あたり次第に試しました。
例えば、授業中に手を挙げた回数で評価をするとします。単純ですからある程度想像がつくと思いますが、これを実際にしていったら何が起こると思いますか?
目立つ生徒が得をしますよね。
目立つ生徒は、とにかくひたすら手を挙げます。答えが間違っていようが何だろうが。
一方で、実際にはよく理解しているけれど消極的で手を挙げない生徒も中にはいます。 これではそのような生徒を評価できません。
だからこの方法はこのままでは無理だなと思いました。
次にやったのはグループ活動です。 班を組んでしゃべらせていたら、何か動いていることになるのではないかと。
しかしこれも、こういう目的があってこういう活動で、と計画してやればいいのですが、ただ班を組んで話すだけでは全く効果はありません。
グループで活動をすればアクティブラーニング、では決してありません。
主体的な学びを引き出すためには何らかの仕掛けがいるのではないかと思いました。
ではどんな仕掛けがあればうまくいくのか。
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ここからが本題です。私が理科でどんなことをやっているのかをお話しします。
理科という教科は実は、アクティブラーニングという言葉が言われるようになるずいぶん前からそういった活動をやっています。ただアクティブラーニングと呼ばなかっただけで。おそらく多くの理科の先生が同じ思いではないかなと思います。
今回はある実験を紹介します。
酵素の活性と温度の関係を調べる実験です。
これをグラフで表すとこうなります。
化学反応というのは温度が高くなると活発になります。
体の中で起こる化学反応の場合、酵素という触媒が働いているのですが、酵素というのは卵の白身と同じタンパク質でできています。したがって、グラフを見ていただいたらわかると思いますが、だいたい体温より温度が高くなるとタンパク質が壊れてしまい、反応が鈍くなっていきます。
そういうわけで、グラフにはこういった山型のカーブが表れます。これは教科書にも出てきますし、授業でも扱います。生徒たちはこういう特性があるんだということを十分に知っています。
そこで実験では、本当にこのカーブが出てくるのか、ということを調べます。
一般的に行われる実験はこうです。
酵素の反応について調べますよ、グラフで示しますよ、使うのは過酸化水素水とキュウリですよ、と書かれています。 問題は次ですね。一般的には、こんな感じだと思います。
用具は試験管何本、ビーカーがいくつ、それから何をどんな順番で入れていく。こういうことを書いています。
しかし私、この実験は嫌いなんです。
なぜかというと、生徒は確かにこの通りに道具を揃えてこの順番を守れば結果は出るんですけど、それは“作業”でしかないんですよね。
なぜそうなるのかを全く考えずに、とりあえず実験を終えます。だから、理解していないことが多い。
そこで、このようにしてみました。
使う道具を空白にしています。 グラフを書くという目的は与えていますから、じゃあこれを調べるためにはどんな実験を組む必要があるか、ここから生徒に考えさせていきます。
また実験の手順についても同じく、空白にしています。
このように、1つの操作を1行で書きなさい、ということしか書いていません。
だから、班によって手順もばらばらです。
道具も、箱の中に必要なものを揃えて各班に渡すのがよくある光景なのですが、そうではなくて、実験室の一番後ろの空いている机に、ありとあらゆるサイズのビーカーや試験管を並べます。
また、線香やマッチ、秤など、直接実験に関係のないものもたくさん並べます。
そして生徒たちはトレーを持って、必要そうな器具を全部集めます。ちょうどレストランのバイキングのような感覚です。
それを使って、今度は実験のシミュレーションをします。
机の上に道具を持って行って、これをこういう順番で入れていくと、ああ、試験管がもう1本いるね、というような確認をしていきます。
実験が始まる前に、このような作戦会議をまず1時間とります。実験室でシミュレーションをして、十分に作戦を立てます。
50分で片づけまで終えることもきちんと想定して、よしこれでいけるぞ、というのを確認したうえで実際に実験に入ります。
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当然、一回目の実験はうまくいきません。予想外のことが起こります。
例えば、温度設定。50度の温度設定をしてみなさいと私が指示を出します。
50度だと体温よりはるかに高い温度ですから、理論的に考えると、もう酵素が壊れてしまって反応が起こらなくなります。
ところが生徒の実験では反応が起こっていました。そこで、それはなぜかと生徒に考えさせます。
ここが大事なんですね。
成功することが良いのではなくて、失敗したときになぜそうなるのかを考えさせるのが、実は非常に重要です。
どうも何かおかしいぞということで、再び作戦会議をします。内部に熱が伝わっていないんじゃないか、時間が足りなかったんじゃないか、と議論します。
このときに、「君たちがフライパンでステーキを焼くとします。フライパンにステーキを乗せた瞬間にすぐ焼けるか?焼けないですよね。」ということをアドバイスとして言います。
日常生活の中で、熱が伝わっていくには時間がかかるということを知ってはいるけど、実験とは結びついていないんですね。そこをアドバイスしていくと、そうか、もっとこういうふうに手を加えればいいんじゃないか、ということにだんだん気づいていきます。
そして2回目のチャレンジ。今度はうまくいきます。
これを繰り返していくと、私が50分間ほとんど何も言うことなく実験が進んでいきます。
だんだんと上手になっていくんですね。
実験が上手になっていくと、面白くなっていきます。
私が「遊ぶな」と言う必要がないくらいのめりこんでやります。 「先生、次はどういう実験をしますか?」ということも聞いてきます。
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そして最後にはプレゼンテーションで、各班で自分たちが工夫したところを紹介させます。
このプレゼンテーションでどんないいことが起こると思いますか?
理系の生徒には、普段は目立たないおとなしい感じの子が多いんです。 ところがこの実験をやらせてみたら、すごく面白い工夫をするんですね。
理科の教師から見ると、決められたことをきちんとできる子も大事ですが、予想外の、普通は人が考えないようなことをポンと思いつくような子に対して、面白いなと思うんですよね。
普段は黙っているような子が実は面白い発想を持っているんだ、ということをこのプレゼンテーションの中で知るんですよ。「あいつは面白い」と生徒の中でも急に株が上がってきます。
そういうことも起こり、やがて「実験って面白いね」となってくるんです。
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こうなると生徒は、我々が何も言わなくても、こんな実験ができる大学に行きたいということを言い出します。
今までは、例えば”何大学に何人出したい”という感覚で指導をしていたところが、そうではなくて、生徒の方から「こんなことができる学校に行きたい」と言い出すんです。
これが大事じゃないかと思います。
理科の教員の使命としては、理科という教科の面白さを伝えて、それをやってみたいという生徒を何人増やすかということがあります。
幸いなことに、生徒は一日の中でもいろいろな教科を受けます。理科が好きな生徒ばかりではなく、英語が好きだ、国語が好きだ、という生徒がいます。その中でそれぞれの先生が面白味を伝えていくだけで、十分にキャリア教育なんだと思います。
だから我々は授業をやっているのと同時に、実は進路指導をやっているんです。
授業をやっているのと同時に、生徒に何か考えるきっかけを与えているんだという感覚を持っていくと面白いんじゃないかなと考えています。