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母校である玄洋高校の新入生たちに、懇親の想いでエールを送ってきました。

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キャリア教育推進事業部長西田が、母校である玄洋高校の新入生たちに、懇親の想いでエールを送ってきました。

玄洋高校では、毎年新入生に、「自立と共同を学ぶ体験学習」という合宿を行っています。 そのプログラムでは、毎年卒業生8名招いて後輩にメッセージを送ります。

先生からの依頼は「玄洋魂を伝えてほしい」というものでした。

与えられた25分間で、可愛い後輩たちに伝えたいことは3つ。 この3つは、何を話そうかと考え出してから2秒後に浮かびました。

玄洋高校15期生 野球部 3年4組 好きだった女の子は、、、

はじめに「部活」「出身大学」「仕事」「好きだった女の子」等の自己紹介をしました。

そのあと、私の人格形成にもっとも影響を与えた格言を黒板に書いている間に生徒には、 「先輩に聞いてみたいことは?」 「高校時代に最も大事にするべきことは?」 を考えてもらいました。

生徒から出てきた意見は、

「先輩に聞いてみたいことは?」 ・どのような高校生活だったか。 ・どのようなことに苦労したか。 ・失敗したときは? ・玄洋高校にいてよかったと思うこと。 ・高校生活を楽しむ上で一番大切なことは何ですか? ・夢への近道ってありますか? ・どのような進路に進んだか? ・高校時代楽しかったこと。 ・高校生活を楽しむ方法。 ・どのような職業に就くのが多いのか。 ・一番enjoyだったことは何ですか? ・高校卒業後、進学せずに就職する場合、会社等の待遇は良いのか。 ・思い出や頑張ったこと。 ・高校生活で一番楽しかったことは何ですか? ・玄洋の先生たちはいい先生ですか。 ・高校の勉強はどのようなところが大変ですか? ・進学や就職で苦労したこと。 ・当時の学校の様子。 ・高校生活で一番大変だったこと。 ・玄洋高校で自分の夢をかなえることができたか。 ・受験勉強を始めた時期。 ・玄洋高校を出てよかったと思えたこと。 ・高校3年生になって、進路のことでもっとこうしたら、って後悔したことはありますか?あるなら、それは何ですか? ・玄洋高校のいいところ。 ・玄洋高校でよかったと感じる時はどういうときですか。

「高校時代に最も大事にするべきことは?」 ・勉強。勉強をすることで将来の役に立つから。 ・友人関係。 ・勉強と青春。一度きりの高校生活を有意義に過ごすため。 ・勉強。大学進学や、就職に大きく関わるから。 ・友情。高校のときの友達は大人になっても続くから。 ・勉強と部活と友達。 ・大学や就職に向けて一生懸命勉強すること。 ・勉強。高校は大学へ向けての学習の場だから。 ・勉強と部活。 ・勉強と人間関係。勉強は大学に上がったりするため。人間関係は将来も続けていきたいから。 ・ルールを守ること。 ・友達。自分が困っているときに、友達が助けてくれるから。 ・友達をたくさんつくること。 ・勉強と部活動。将来につながるから。 ・勉強。推薦をもらいたいと思っているから。 ・学校生活での過ごし方。これが悪いと進学や就職ができなくなる。 ・毎日遅刻せず、ちゃんと出席すること。社会人になったら毎日の出勤が当たり前になるから。

これについては、このブログの最後に詳しく触れます。 母校の卒業生だからか、いつもより質問が多いように思います。

どうせやるなら好きになれ 好きでやるなら意欲を見せろ 自分が苦しい時は他人も苦しい どんなに苦しくても笑顔を忘れるな

1つ目のメッセージは、「自分を勇気づけるような経験を高校までで一つ持とう。それがやがて確固たる自信につながる。」です。

僕にとって、それは野球でした。小学校2年で地元のソフトボールチームに入り高校3年まで続けました。特に、高校時代の野球部時代が大きく影響しています。

これまで生きてきて、たくさんの障壁がありました。 こんな僕でも、死んでしまいたいと思ったことは何度かあります。 これまで働いてきて、精神的にも苦しかった経験は山ほどありました。

そんなとき、僕に勇気をくれたのは、“高校野球を一生懸命やり切った”この誇りと“部訓(どうせやるなら好きになれ 好きでやるなら意欲を見せろ 自分が苦しい時は他人も苦しい どんなに苦しくても笑顔を忘れるな)”を部員全員で毎日唱和し、練習を全力でやりきる過程で得た人格でした。

卒業後も。どんな時でもいつもこの部訓と経験が僕の背中を押してくれました。 どんな壁も乗り越えてきました。 結果、今僕は自分に自信を持っている。そんなメッセージを送りました。 具体的にどんな壁だったのかは、生徒が聞きたいこととして書いてくれていたので後で詳しく書きます。

「社会人14年目、ようやく自分に自信を持てた。その自信の元をたどると、玄洋高校のグランドだった。」 「振り返ったときに自分を勇気づけてくれるような経験、つまり“これだけはやり切った”と胸張って言い切れるものを高校で作ろう」 これが一つ目のメッセージです。

自分探しよりもお手本探し。志を言葉にしよう。

2つ目のメッセージは、やはりこれでしょう。 下記のURLでご確認いただけますが、「高校生の進路選択のあり方」を15年間追求してきて、一つだけ分かったことがある。「自分の力だけで志や夢を言葉にするのは大人でも難しい」。自分探しよりもお手本探し。お手本となる考えをたくさん集めようというものでした。

玄洋を何とかしようぜ!!!!!

3つ目のメッセージです。 それは、「俺らの力で、玄洋高校を何とかしようぜ!」というものです。すごく抽象的ですが、伝わった生徒が多かったのではないかと思います。詳しくは書けません。昔の方が良かったという気もさらさらありません。ただただ、在校生にとって、地域のみなさんにとって、卒業生のみんなにとって誇らしい高校だと一人でも多くの人が思えるようにしよう。そんな気持ちです。

今日の話で共感した考え

・つらい思いをしているのは自分だけではないこと。

・自分が苦しい時は他人も苦しいという言葉。

・苦しくても笑顔。

・自分が苦しい時やきつい時に、自分だけでなく周りの人もきついという考え方。

・夢の見つけ方。

・野球部の部訓。

・勇気づけられる経験をすること。自信をもつこと。

・夢を自分の口で言葉で語る難しさ。

・お手本になる人を探すこと。

・自分探し。

・勇気が出る講話を聞けて良かったです。

やはり部訓の影響力の高さが伝わっています。母校ならではの反応ですね。 最後に、生徒が先輩や社会人に聞いてみたいと思うことの欄に書いてくれたことを、僕の実体験をもとに回答します。後輩たちに届くといいなあ。

「先輩に聞いてみたいことは?」

・どのような高校生活だったか。

 →高校野球中心の生活。そのおかげで偏った人間になってしまった。誇らしくもあり、反省もしてます。

・どのようなことに苦労したか。

 →一番の苦労話は会社を立ち上げたときのことです。自分の志だけで事業を始めたものの、ノウハウはない。人脈もないなかだったので、1年目の売り上げが0円だったこと。もっとスマートにやる方法が今思えばあったなあ。

・失敗したときは?

 →今でもたくさん失敗しています。今までした失敗で印象的なもの。一番は高校時代のキャプテンとの大喧嘩です。仲直りまで一年かかった。お互い意地張っていただけ。大学での失敗は、今思えばだけど大学で学ぶ意味を理解していなかったこと。高校と同じように単位を取ることと、教員免許を取るという目的を達成する目的だけで通っていた。それが失敗。大学で学べる学問や業界の本質的なところまで、21歳の時に行きつきたかった。社会人(起業前にある会社で修行していました)としての失敗は、若くして出世してしまったがゆえに調子に乗っていました。顧客のこと、従業員のこと、当時の自分は考えられていたと思うけど、至らない部分が多かった。猛省しています。

・玄洋高校にいてよかったと思うこと。

 →野球部との出会い。友達との出会い。先生との出会い。良かったと思うことばかりです。

・高校生活を楽しむ上で一番大切なことは何ですか?

 →本気で打ち込めるものを一つ以上持つことだと思う。その思いの強さとかけた時間の長さだけ、その時はしんどくても、振り返ったときに自分に勇気をくれる。楽しませてくれる。

・夢への近道ってありますか?

 →なんの夢を持っているかにもよるけど、あると思う。だけど、急がば回れ。俺は、教育を志たけど7年間は民間企業で修行をする道を選んだ。回り道のようで、俺がなりたかった教育者への道としては近道だったと思う。

・どのような進路に進んだか?

 →福岡工業大学 情報工学部 情報通信工学科に進んだよ。理由は、2年生の3学期に大学に行くと決め、「何のために大学に行くのか」を考えた結果、IT革命の時代だったから、IT系の資格取得が一番多く取得できる学科を探してここにしたよ。大学に入って、教育の道を志すようになった。

・高校時代楽しかったこと。

 →やっぱり野球部での思い出だね。あとは好きだった人とのひとときとか!大事でしょ!?

・どのような職業に就くのが多いのか。

 →これは本当に多岐にわたるので回答が難しいね。玄洋高校卒業生の友達の職業思いつく限り書いてみるね。「不動産会社経営、飲食店経営、会社役員、広告会社経営、バーのオーナー、保育士、自動車の営業、消防士、看護師、パン屋のオーナー、ショップ店長、貿易会社経営、介護福祉士、理学療法士、海上保安官、不動産会社、銀行員、スポーツトレーナー、福祉施設の施設長、営業、ネイリスト、美容師、自動車整備士、歯科衛生士、高校教員、中学教員、小学校教員ダンサー、アナウンサー、海外在住(主婦)、事務、建築士、電気工事、イベント会社経営、建築会社etc…」

・高校卒業後、進学せずに就職する場合、会社等の待遇は良いのか。

 →これはね、とても良い質問。今の俺が思うには、「就職する会社による」ということ。“高卒はここまでしか出世できない”とはっきり言いきる大手の企業もあれば、高卒も大卒も変わらないチャンスを与えてくれる会社もある。今の俺の答えは、「会社による」だから、就職する前に相談して。その企業のことを調査して教えてあげる。後輩の特権やね。

・思い出や頑張ったこと。

 →そうね。頑張ったことは野球と、大学に行くと決めた2年生3学期からの勉強。そこからはたぶんほとんど「5」やったと思うよ。思い出はやっぱり恋愛でしょ!!

・玄洋の先生たちはいい先生ですか。

 →良い先生です。間違いない。でも、卒業後に気付いたんよね。もっと素直になりたかった。今思えば。

・当時の学校の様子。

 →一学年12クラス、480人いたからすごい人気のある学校だったと思うよ。人数が多かったから活気もあった!

・高校生活で一番大変だったこと。

 →僕にとっては物理が一番大変だった。唯一赤点取ったじゃなかったかな。

・玄洋高校で自分の夢をかなえることができたか。

 →出来ました。というより、玄洋高校の卒業生じゃなかったらここまで来れなかったと思う。自分に一番合っていた学校だと思う。

・受験勉強を始めた時期。

 →高校2年3学期に大学に進学する事を決意したから、それから猛勉強したよ!結局推薦で受験しました。

・高校3年生になって、進路のことでもっとこうしたら、って後悔したことはありますか?あるなら、それは何ですか?

 →高校3年生時はなかった。大学で何をするか決めていたから。後悔したことがあるとすれば、すごい狭い視野で進路を決めたので、もっとたくさんの学問や職業について調べたり体験したりすれば良かったと思う事かな。

・玄洋高校のいいところ。

 →なんだと思う?俺にとっては、自分の人格を作ってくれた学校だから、いいところばっかり。良い先生とも出会えて、良いライバルとも出会えて、良い仲間とも出会えたから、とっても良い学校だったよ。結局自分次第だよね。