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キャリア教育から考える教科教育への視座(国語)

キャリア教育とアクティブラーニングの本質に迫る

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7月9日の講演、最後にご紹介するのは福岡県立福岡高等学校の深江一美先生のお話です。

深江先生はなぜご自身が国語の先生になったかということも含め、第二部で実践発表をしてくださいました。

深江先生のお話

この発表の依頼を受けたときに、改めて「私の考えるキャリア教育とは何か」「国語を通してつけさせたい力は何か」と考えてみましたが難しかったです。

そこで、そもそも「私のキャリア」って何だろう、なんで国語の先生になろうと思ったのだっけ、ということを振り返ってみました。

私はずっと古典が好きでした。

最初の古典との出会いは百人一首でした。5歳くらいのときに、凧揚げや福笑いなどが入った“日本のお正月の遊びセット”を買ってもらったのですが、その中に百人一首も入っていました。そのときは、文字は当然よくわからず、きれいな女の人と男の人と地味な色の坊主の人が描かれている、くらいの印象でした。

小学校にあがってからは、親がいろいろな本を買ってくれました。その中でも「学研のひみつシリーズ」というのが気に入って、ずっと買ってもらっていました。

「電気のひみつ」など理科系の分野が充実したシリーズだったのですが、その中で「百人一首のひみつ」に出会いました。

読んだときに、これはどうもあのときよくわからず放っておいたあの遊び道具だ、と気が付きました。昔は何とも思わなかったものが、読んでいるうちに「なんかちょっと面白い気がする」と思えました。

中学校にあがると、国語の授業の中で百人一首に近いもの、古典が出てきました。

そして高校に入って古典文法を習ったときに、暗号のように覚えていた百人一首について「なるほど、だからそんな現代語訳になっていたのか!」という発見をしました。

もう私はこれを勉強しよう、と思いました。

こんなふうに古典は変わらずずっと好きだったのですが、実は学校自体はあまりなじめませんでした。

中学生のときは学校に行きたくなくて、なんとか家にいようとしていたし、学校に行っても、斜面に建っている校舎の下にできた空間に身を潜めて、隙あらば家に帰ってやろうということを考えていました。そんな反抗的な時期もありました。

団体行動も苦手で、学校に行きたくありませんでした。

古典は好きでしたが国語の先生になろうと思ったことは全くありませんでした。

それでも国語の先生になろう、と思ったのは大学院に行ったくらいのときでした。

大学・大学院でずっと和歌を研究しているうちに、和歌の世界を伝えたいと思うようになりました。

このままではだんだんと和歌に触れる人が少なくなってくる。この文化は非常に素晴らしいから絶対に伝えたい、という使命感に燃えました。

やっぱり先生になるしかない、心を入れ替えて学校になじめるようになろう、と決意して、先生になることを選びました。

和歌は言葉の限界を言葉で超えようとする素晴らしい文学だと思います。

なぜ私が言葉にこだわるかというと、言葉が世界を豊かにしてくれるという確信があったからです。また時空を超えて他者と共感する感動をぜひ生徒に知ってもらいたいという気持ちがありました。

その原点がここにあります。

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これは私の年譜です。 自分の出来事、世の中の出来事を書き出してみました。

私が18歳のとき、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件がありました。今でも鮮明に記憶に残っています。

震災のときは、私たちの暮らしている日本のシステムってこんなにもろかったんだなと思いました。

その直後に地下鉄サリン事件があって、受験生だった私に衝撃的だったのが、行ってみたいなあと思うような有名大学の、頭がいいと思われる人たちが、オウム真理教なんかにひっかかっているということです。普通だったらそんなものに惑わされない頭があるんじゃないかなと、すごく不思議でたまりませんでした。

それでもこの人たちがひっかかってしまったのは、自分の中に、ある種の哲学や言葉や思想、そういったものが足りなかったからではないかなと18歳ながらに思いました。

私は、自分の中に持つべき生き方や人間・自己といったものを文学を通して伝えられるのではないかと思ったのです。

もう一つが、ちょうどこの時期に出てきた歌手がすごく売れたことです。ありきたりの歌詞なのにどうしてそんなに心をつかむのか、私には理解できませんでした。

「私の気持ちを代弁している」「辛いときに聴くと励まされる」と言われていましたが、私は「当たり前のことしか言ってないやん」と思っていました。

私たちの世代は言葉に飢えていて、自分の思いはうまく言葉にできないけれど、言葉がぽんと与えられると真偽はともかくとびついてしまったり、本当に他愛のない言葉で「私の気持ちを分かってくれる人がいた」と、あっさりとなびいてしまったり。そういう危険な世代なのかなと思ったこともありました。

そんなことを考えながら、教員採用試験を受けました。

* * * * * * * *

私は、国語を通して自分の世界を広げて豊かにしてほしいと思います。

また、言葉や文学が果たす役割は大きいし、そういったものを通して他者を理解したり自己を深めたりしていってほしいです。

このような力を学校の授業の中でもつけていけたらいいなと思います。

これは社会でも求められる力だろうから、社会に出る前に身につけておいてほしいと考えています。

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私の初任校は大半の生徒が専門学校に進学するような学校で、大学進学者も推薦が多く、センター試験の得点などのプレッシャーが少ないところでした。

そういう学校だったので、とにかく古典を楽しんでほしいと思いました。この子たちが古典に触れるのはここが最後かもしれないと、古典に対して抵抗感をなくしてほしいという思いでした。

古典を身近に感じてもらうために折句をつくってもらおう、「五七五」や「五七五七七」で言葉を選ぶ楽しさを知ってもらおう、と楽しいことを中心にやっていきました。

いま振り返ってみると、この時点でも生徒をとりまく語彙の環境が貧弱になっていることに問題意識を感じていました。

その中でも日本語が本来もっている多様な表現力に気付いてほしい、ありきたりで単純な表現で終わらないようにみんなで工夫して言葉を広げてほしいと思っていました。例えば、ゲームのような感覚で抽象的なイメージを言葉にする活動です。

また、この地域は人権学習が盛んで、そのときはよくグループワークをします。すると、もっとみんなでこの問題について話し合いたいという意見は出るのですが、実際なかなか話し合えないんですね。

でも、アンケートをとってみると饒舌ならぬ“饒筆”で。こう思ったとか議論したいとか、びっしりと書いているのに、人前での発表となると自信がない、慣れていない、しり込みをしてしまう。

そこで『公然の秘密』という教材を国語の時間で扱ったときには、みんなが議論をして楽しんで意見を出せるような工夫をしました。

もちろん受験を無視することもできなかったので、『高瀬舟』を扱ったときにはディベートと小論文を取り入れました。大学入試や、専門学校でも推薦入試で文章を書くことが多かったので、その対策となるようにしました。

やはりここでも、意見を論理的に伝え、意見を出し合う中で考えをさらに深める、ということはずっと目標として掲げていました。

この後、福岡高校に異動しました。福岡高校は今年で4年目です。 ここは入学してくる生徒の大半が国公立大学を目指しています。

前任校のときは受験にあまり縛られない分、楽しく意見を言って、生徒たちが社会に出た後も自信をもって話せるように、と思ってやっていましたが、福岡高校では受験が大きなテーマでした。

最初の2年くらいは、従来通りの授業になっていたと思います。2年生の担任から入り、3年生まで担任をして卒業させました。

3年生になると生徒が志望理由書を書いて、最後に誤字のチェックなど国語の先生にしてもらおうと思って私に見せに来るんですけど、前の学校だったら全部バツをつけて返しただろうなと思うようなものばかりでした。

いわゆる市販の参考書に載っているような模範的な文章で、他の受験生との違いがわからないと思うものが非常に多かったです。

じゃあその生徒に全く力がないかというとそうではなくて、一般入試で難関大学に受かる子なんです。

でも、どうしてその学科を志望したのかというところが十分に語れない。それではダメなんじゃないかなと思いました。難関大学に一般入試で受かったとしても、まだその先があるのです。

こういう状態で社会に出ていってもいいのかなと考えたときに、国語科が普段の授業である程度引き受けて、いろんなことを考えさせる機会をつくらないといけないと思いました。

3年生を卒業させた後、昨年1年生をもったときには、年間を通して絶対にグループディスカッションは入れよう、プレゼンテーションもさせよう、レポートもさせようと思いました。

これらは全て新しい大学入試で重視されるようになるということでスタートしました。

生徒にも入試が変わってくるからね、という話もするんですけど、もちろん入試のためだけにやるのではありません。

もともと言葉で世界を豊かにしたいという思いがありましたので、それを伝えながら入試でも対応できるようにということで進めています。

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グループディスカッションでは、40人のクラスを5人ずつ8班に分け、この8つをそれぞれの班に担当してもらいます。

まず1グループ目は『羅生門』について、私が出したテーマで10分間のディスカッションをします。残りの班はそれを聞いて、ディスカッションの状態を評価します。そしてまた10分間、自分たちの班でその結果をディスカッションするというような形でやっています。

発表する班は、黒板の前に出て発表します。

他の班は机をつけて、彼らの意見や発表の態度も含めて、内容や論理性などを議論します。そしてクラス全体で意見を言い合うという流れです。

最初の方はなかなか話せなかったので、授業中でもとにかくペアワークをして、しゃべりやすい雰囲気をつくりました。私が生徒にあてて答えさせるようなところを、隣の人に聞いてみてと言ったり、前後の人とこのことについてどう思うか話し合ってと言ったりしました。

話すことが普通になるようにすると、生徒もだんだん意見を言うようになってきて、ディスカッションを楽しむような様子になってきました。

また、古典ではプレゼンテーションを、古典文法はジグソー法を使って教え合いをしたりもしました。

プレゼンテーションでは、テーマは私が渡しますが発表形式は自由にしています。

すると、最初は模造紙で隠しておいた黒板の絵を見せて説明をしたり、紙芝居をつくったり、パワーポイントを使ったりと工夫をしてくれます。

発表をするとだんだん頑張りたいという意欲が出てきて、近所の古本屋さんに行って西行の本を探してみました、という生徒もいました。

授業で西行の和歌をやったときに他のも読んでみてねとか、この本は西行のこと詳しく書いてあるから読んでみてねと言っても、生徒はなかなか読まないんですよね。

でも発表をすることによって、自分で本を借りに行ったり読んだりするようになりました。

また、生徒が前もってこの解釈を見てほしいと自分で書いたのを持って来たり、みんなにプリントを配っていいかと作ってきたり。

黒板のレイアウトを書いて、授業らしくしたいという生徒もいました。

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昨年1年間このように授業をしましたが、同じ学年でも全員がディスカッションを入れていたわけではありません。

福岡高校はアクティブラーニングの研究開発校になっているんですが、全員一斉にこれをやりなさいというわけではありません。まずはできるところから、できると思うことを一人でもいいのでやっていってください、という形でした。

もし、私がディスカッションをしたいと思っても、学年全体で同じようにやるという決まりがあったらスタートできていませんでした。研究授業の一環として、私のもっている現代文のクラスだけでもやってみることができたのは大きかったと思います。

本当は学年全体でやるのが一番いいのですが、アクティブラーニングはまだいろんな先生の理解の違いもあって、みんなが足並みを揃えてやろうとするとなかなか時間がかかってしまいます。

私も全部の授業でグループディスカッションをしているわけではなくて、単元のまとめの時間や、試験前の最後の1時間に、作品の理解を深めるために取り入れています。

だから大きく進度が変わることもなくできたのだと思います。生徒にとってはちょっとしたお楽しみ、ちょっとした気分転換のような感覚で取り入れられたのもよかったかなと思っています。

2年生になると生徒が入れ替わるので、最初はまたディスカッションでもなかなか話せません。

しかし机をくっつけると、ディスカッションの経験がある生徒がいる班とそうでない班は一目瞭然です。全くしゃべれない班と、いろんな意見がたくさん出ている班と。

クラスの中でディスカッション経験のある生徒をシャッフルしながら、みんなの話すことへの抵抗感をなくしていくというのが2年生の1学期の目標です。

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最後に私の考えるキャリア教育についてお話をします。

キャリアと言うと、職業や仕事といったイメージが強いです。

しかし私は、職業を決めるうえで、仕事を続けるうえで、生きていくうえで、生を全うするうえで、支え・よりどころ・指針といった自分の軸になるようなものを育てることかなと思っています。

特に国語は教材自体から生き方を学べることも多いので、やはり国語科教諭としては、流されずに生きるための生き方の軸を育てたいと思っています。